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[解説]コーエーテクモゲームスの歴史 コーエー編

10/08/2019

 

 コーエーテクモゲームスは先月、その前身となった企業、『光栄』と『テクモゲームス』、それぞれの設立記念日を迎えました。
 そこで、合併までの二つ企業それぞれの沿革を、大まかではありますが見てみたいと思います(関係者の敬称略)。以下、コーエーについてです。

 


 

沿革(創業からゲーム事業発展まで)

1978年7月25日
 襟川陽一が、前年倒産に陥った家業を継ぎ、染料、および工業薬品問屋『光栄』を創業(栃木県足利市)。

1980年12月
 パソコン販売、および業務用特注ソフトの開発を開始。

1981年10月
 ゲームソフト第1作『シミュレーションウォーゲーム 川中島の合戦』を発売(メディアはカセットテープ)。
 同時発売のソフトとして『投資ゲーム』、『地底探検』、『コンバット』、『ノルマンディー上陸作戦』がある。

1983年3月30日
 『信長の野望』発売。大ヒットを機にソフト開発が専業に。

1985年5月15日
 『蒼き狼と白き牝鹿』発売(PC-98版)。

1985年12月10日
 『三國志』発売。

1988年4月
 出版事業を開始。
 自社製ゲームのガイドブック、小説、コミック、雑学書籍(歴史、競馬など)を発行。

1994年9月
 恋愛シミュレーションゲーム『アンジェリーク』発売。
 女性による女性のための作品は、業界初。

1997年2月
 『三國無双』発売。シミュレーション以外の新たなユーザー層を取り込む。


 

沿革(株式会社コーエーテクモゲームス発足直前)

2008年9月4日
 テクモとの経営統合の協議開始を発表。

2008年11月18日
 テクモとの統合契約書を締結。

2009年4月1日
 共同持株会社・コーエーテクモホールディングスを設立。

2010年4月1日
 コーエーがテクモを吸収合併し、開発統括会社コーエーテクモゲームスが発足。
 当初は、(新)コーエー、(新)テクモ、2つの開発体制。

2011年4月
 開発部門の再統合。


 

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